阿修羅ー悔悟ー

 阿修羅 ー悔悟ー  2026/4 四切
 2019年に初めて阿修羅像を拝観した時、強烈な感動で1枚描いてアップしたが、コメントには、「この紅顔の美少年は何を祈っているのだろうか」と想像しただけだった。
 今回の阿修羅は、川端画塾で阿修羅の正面顔の写真から正確に描き写す技法を指導されたことが契機となった。と言っても単に写真そっくりに描くだけでは面白くない、描き手が込めた思いなんかが出ていれば良いのだが、そういうふうに描ける自信は全くない。そこで、阿修羅に関する予備知識を持って描くと少しはましになるかなと思い、図書館から「阿修羅のひみつ」という本を借りてきた。
 CTスキャンを使って阿修羅の内部を詳細に調査・再現した本で、数々の面白い発見が紹介されていた。中でも原型顔の発見が興味深かった。内部に残された空間を分析し結果、制作当初に構想していた顔(原型顔)が判明したこと、それも完成像の三面相と違った表情をしているという。では、なぜ原型顔から途中で方針転換して現在の顔に変えたのか。その謎を解こうといろいろな説が出されているが、阿修羅が仏心に目覚める過程を三面六腑の形で明瞭にしようとしたのではというのが有力視されているそうだ。かつて須弥山の海で暴虐を尽くした阿修羅が、金鼓の音を聴いて仏の教えに触れ、激しい怒りから静かな「悔悟」へと至るプロセスを表そうとしたという説だ。
 それによれば、正面顔は仏心に目覚めた瞬間の揺らぎや憂いと仏心へ帰依する固い決意が交差している、一言で表せない何とも複雑な表情ということになる。つまり、仏様のような安らかな表情ではなく、過去を悔い、悩み、憂い、悟りを得ようと必死に努力している表情、まだ仏様になりきっていない人間味ある顔だから、人々は共に同じ方向を目指そうと信仰を深める契機となる力を発揮する。ウーム、阿修羅の正面顔に感じる人間味ある表情と固い決意、私にはそんな内面まで踏み込んで描けるような
技量はない。今回もこんな程度で終わったが、描き切れぬ思いは余白に行書体で託したつもりである。(5/15コメント書き換え、5/24一部修正)


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